3人の親から生まれた子供?
「頭の体操」の問題にありそうな設定ですが…よく考えてもそんなことは普通はあり得ません。ですが、そんなあり得んことができてしまったというニュースがつい最近発表されました。
『世界初、DNA的に「3人の親をもつ赤ちゃん」のいま』
http://wired.jp/2016/09/29/three-person-baby-born/
米国の医者が、患者のミトコンドリア病という遺伝病を回避を目的として、夫婦以外の第三者のDNAを持つ子供を産むための治療を行ったという内容です。
治療って何をしたの?何のため?問題点はないの?といった内容を今回の記事ではわかりやすく紹介したいと思います。
核DNAとミトコンドリアDNAについて
ヒトは父親・母親それぞれから23本・計46本のDNAを受け継ぎ、それらのDNAは細胞の核の中に存在します。この核内のDNAには約2000個の遺伝子が書き込まれており、遺伝病は、ほとんどの場合遺伝子の異常によって引き起こされます。
ここまでは、高校の生物で習うことですが、DNAは実は核以外にも存在します。それがミトコンドリアと呼ばれる細胞内小器官です。
ミトコンドリアは「細胞内のエネルギー工場」の役割を担っており、核DNAとは別にミトコンドリアDNAという独自のDNAを持ちます。ミトコンドリアDNAは核DNAよりだいぶ短く、ミトコンドリアで使われるタンパク質やそれを作るための37個の遺伝子しか書き込まれていません。
ミトコンドリアの機能異常に起因する病気は「ミトコンドリア病」と呼ばれ、特にエネルギーを使う脳や心筋をなどに重篤な症状がみられことが多く、治療の難しい病気です。
ミトコンドリアDNAは、母親のみから受け継がれるという非常に重要な特徴を持っています。その仕組みは以下の図に示します。
受精は卵子と精子が接合して、精子の核DNAが卵子に侵入することで起こりますが、その際に精子にあるミトコンドリアは消滅分解してしまい、結果的に子供の持つミトコンドリアは卵子由来、つまり母由来のもののみになります。(精子由来のミトコンドリアが分解・消失する具体的な仕組みは調べた限り、まだ部分的にしかわかっていないらしいです)
さて、事前知識の説明はこれぐらいにして、本題に入っていきましょう。
どうやったら遺伝性のミトコンドリア病を回避できるか
今回のニュースに出てくるヨルダン人の母親は、ミトコンドリアDNAにLeigh症候群というミトコンドリア病の原因遺伝子を持っており、これまでに四回の流産を経験し、出産した二人の息子をすでになくしています。核DNAに病気の原因となる遺伝子異常がある場合、子供は父親からも同じ遺伝子を受け継ぐため、50%の確率で遺伝病が発症しない場合もあるのですが、ミトコンドリアDNAに異常がある場合、母親からのみ遺伝子を受け継ぐため、高い確率で子供に遺伝してしまうわけですね…
そこで考えられたのが、
ミトコンドリアDNAのみを健康な女性由来にできれば、遺伝子の大部分を占める核DNAはこの母親から受け継ぐけど、Leigh症候群にはかからない子供が生まれるはずだ!
というアイデアです。
でもそんなことできるの?
そこで、採用されたのが次の図に示したような方法です。
まず母親B(正常なミトコンドリアDNAを持つドナー)の卵子から核を取り出したあと、母親A(ミトコンドリアDNAに異常がある母親)の核を移植します。そして、これを父親Cの精子と受精されれば完了。母親Bの正常なミトコンドリアDNAと母親Aと父親Cの核DNAを持つ、3人の親から生まれた子供の誕生です。
問題点は何なのか?
今回のケースについては、2つの観点から議論できると思います。
まず一つ目は安全性の問題です。
生殖細胞(精子や卵子)を操作する治療は、実績があまりないため、思わぬ危険性が潜んでいる可能性は否定できません。今回の赤ちゃんは今のところ問題なく育っているようですが、大人になってから影響が出ないとは言えないし、今回は大丈夫でも、患者数が増えればドナーと患者との適合性から子供に悪影響が出る場合が一定数出てしまうこともあり得ます。こういったリスクはどのような治療にもありますが、遺伝子の不具合による影響というのは次の世代まで引き継がれてしまうという点も、安全性についてより慎重に検証する必要がある理由の一つでしょう。
アメリカではまだこのような治療は認められておらず、今回話題になったアメリカの医師団は、まだルールがなく規制の緩いメキシコの病院で手術を行いました。また、イギリスでは2015年に議会でこの治療を認める法律が世界で初めて可決されております。(まだ実際に治療を受けた人はいませんが)
ちなみに日本では厚生労働省が、人の生殖細胞の遺伝子をいじることを禁止する指針は出していますが、法規制はされていません。このような治療が可能になった今、今後治療を希望する患者が現れる可能性を考慮すると、日本でも安全性の検証と、法整備に関する議論が必要になるかもしれません。
そしてもう一つが倫理的な問題です。
仮に今回の方法の安全性が確立されたとして、確かにこの方法を使えば、遺伝病を持ち子供が望めない人も赤ちゃんを産むことができという大きな恩恵があります。しかし、ヒトの命の誕生を人間の思う通りに弄ぶことは、神への冒涜ではないかという批判もあります。
また、神を信じていなくても、このように受精卵を自由に扱うことが一般的になれば、受精卵をいじって親の好きなような遺伝子を持った子供を作る「デザイナーズベイビー」が生まれてくる危険性も考えなければいけません。最近はゲノム編集技術(本ブログでもわかりやすい解説記事を書いています)によって簡単に遺伝子を切り貼りできる時代になっているので、こういった話もまったく夢物語ではありません。
「安全性さえ確保できれば100年後は親が自分の子供をデザインできる時代になってもいーじゃん」という意見も出てきそうですが、今はそのリスクはわからなくても、すべてを科学でコントロールしよう、という人間が傲慢な態度と倫理観の欠如が、想定外の事態や科学の悪用をうむと僕は思います。(例えば、デザインした通りの子供が生まれない可能性もあるし、有用だと思われた遺伝子が実は長期的には良くない側面がある場合もあるかもしれません)
どこかで歯止めをかけるには、科学の「恩恵」と「リスク」を天秤にかけて線引きする必要があります。だれもが納得する明確な線引きは無理でしょう。しかし、どこかで妥協する必要があり、「ヒト受精卵のDNAを操作してはいけない」というラインを死守するべきでは ないでしょうか。それ以上を許してしまうと明確な線引きが難しくなると思うからです。
科学の力で「できるかどうか」にはすぐに目を向けやすいですが、「するべきか」についてはついつい先送りになってしまいます。いまこれを読んでる皆さんはどう考えるでしょうか。
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参考文献
New Scientistの記事
日経の記事
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG28H2L_Y6A920C1CR0000/
投稿者プロフィール
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4月から博士後期課程1年生。工学部で生命科学の研究をしています。
化学・生物全般に興味があります。
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