サメの鼻っていいの?
はい、えー、前振りが長くなってしまいましたが、今回のテーマはサメってどれくらい鼻が利くのか!?についてです。
巷では、サメが実は何キロも先で血や排泄物の匂いを検知できるといったことを聞きますね。
嘘であってほしいと思いますが、実際のところはどうなんでしょうか?
今回、こんな記事を見つけました。
端的に言うと、どうやら庭プールに血一滴分であれば検知できるということです。
仮に一滴を0.1mL、庭プールを1000Lとして考えてみましょう。
体積の比率としては、10^(-7)程度になります。
人間が100mL出血したとすると、これは1,000,000Lの水の中でも検知できることになります。
ちなみにこれは10m四方のタンクと同じなので、水族館の大きなタンク程度ですね。
ちなみに出血量に関してですが、献血する際の血液量は一般的に200-400mLです。
思ったよりサメの鼻って鈍いかもしれません。
数km先でもにおいが分かるとか言いながら、実は10mが精いっぱいだったなんて。。。。
物質の拡散
先ほどの記事もサメの鼻ってそんなに良くないじゃないかという結論で終わっていました。
確かに、考えてみるとサメの鼻は思ったより良くありません。
ただ、水中で出血してサメに見つからずにいれるか、というのはまた別な話になってきます。
これを議論するには、血液の拡散を考える必要があります。
例えば、まったく流れのない、落ち着いた状態の10m四方の水タンクがここにあるとします。
簡単のため、無重力を想定しましょう。
そこにそーっと血液100mLをたらします。
その後、じっくりこの血液を観察するとどれくらいの時間で混ざるのでしょうか?
このような状況では、粒子の熱運動のみで混ざり合いが起こります。
それを記述したのが拡散方程式です。
この方程式によると、まんべんなく血液が拡散するには10^12secもの時間がかかります。
1,000,000,000,000秒です。たぶん1兆秒です。たぶん3万年です。
まったくイメージと違いますね。。
せめて一日もあればきれいに拡散してくれそうなイメージがありますがこのギャップは何なんでしょう?
対流による拡散
その正体は、対流や乱流にあります。
流体に対流や乱流といった流れがあると、それに乗って粒子は遠くまで運ばれます。
試験管で何か混ぜるとき、よく試験管を振ると思うのですが、その理由がここにあります。
試験管を振らずに純粋に熱運動にのみよる拡散で混ぜようとすると、意外にも時間がかかるものです。
結論としては、海で出血したときに、サメに襲われるか襲われないかは、その時の海水の流れに大きく左右されるということです。
ではそれを考慮するとどの程度の速さで拡散が起こるのでしょうか?
実はこれは非常に難しい問題で、いろいろ考えてみましたが私にはよくわかりませんでした。。。
海の中の水の流れは非常に複雑で、そのうえ拡散を議論するのはなかなか難しいのが現状です。
なので、わかる範囲でおおざっぱに議論していきたいと思います。
前の記事でをさむが書いてくれたように、海には波があり、まずこの波が物質をどのように運ぶか考えたいと思います。
をさむの記事にある通り、海底の深さをhとすると、海の波は√ghのスピードで進むことが知られています。
この状況で、海の中の水がどのように動いているのか?
それがこちらになります。
実は水の粒子は大きく波に乗って動くことはなく、その場にとどまるのですね。
間隔が分からないという人は、ぜひこちらの海を漂う空き缶の動画をご覧ください。
波があるにもかかわらず、ほとんど同じ場所にいることが分かります。
図によると、波を超える際、楕円を描くことが分かります。
この楕円の長径は波長L、水深h、波高Hが与えられているとき
LH/2πh
で求められるそうです(ちば国際コンベンションビューロー防災ページ)。
試しに波長30m、水深2m、波高1mとして計算すると、楕円の長径は約2.5mと見積もられます。
なんとなくありえそうな数字ですね。
これくらいの距離であればものの数秒で拡散します。
実際の波では、水の粒子は楕円軌道を描きつつも少しずつ前に進みます。
これを記述するのは有限振幅波理論と呼ばれるものですが、今回は深入りしません。
興味があったらぜひ調べてみてください。
しかし、このような効果を取り入れたとしても、遠くへ移動するスピードは早くありません。
結局、どんなに速くても、波に乗った拡散では1m/s程度が限界でしょう。
遠方になればなるほど、この拡散は遅くなっていくと考えられます。
結論
サメは1km先から血の臭いを嗅ぐことはできるのでしょうか?
無理でしょう。そもそもそこまで血が拡散するまでにかかる時間がとてつもないです。
しかし、例えば干潮時でものすごい一方向的な流れができてたら可能かもしれません。
速い流れであればあるほど、血の濃度が落ちずに(=ばらけて拡散せずに)遠いところまで運ばれる可能性があります。
まあ、冷静に考えてそんなことなかなかないと思いますが。
つまり、もし冒頭のマイクみたいな現象が起きてしまったら、それはもともと近くにサメがいたという状況以外考えられません。
今回の話には多くの近似を用いましたし、自分のつたない流体力学の理解では乱流による拡散等、考え切れていない要素もあるので100%正しいと考えるのではなく、一つの物理学徒の妄想だと考えていただけるとよいかと思います。
画像出典
http://hellogiggles.com/jaws-is-the-scariest-movie/
http://optica.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-b8a6.html
http://www.mcic.or.jp/bosai/japanese/page05_02.html
http://home.hiroshima-u.ac.jp/kiyosi/coastalEng.pdf
参考
“Olfactory morphology and physiology of elasmobranchs” T. L. Meredith and S. M. Kajiura, The Journal of Experimental Biology, 2010
ちば国際コンベンションビューロー防災ページhttp://www.mcic.or.jp/bosai/bosaiindex.html
「連続体力学」 松信八十男著
投稿者プロフィール
- 東京大学物理工学科卒業。現在ブランダイス大学にて物理(ソフトマター・生物物理)を専攻中。Ph.D.1年目。好きな筋トレはトライセプスエクステンション。好きなビールはIPA。
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