あたり一面全方位が海だ。だんだん強くなってきた波が僕の足元をさらう。
リーダーの話ではこれから潮が引いていく時間帯のはずだが、逆に風の勢いは増してくる。
黄色い魚の群れが近くの岩礁を泳ぎ回っているのが見え、僕はそのあたりめがけて適当に釣竿を振った。波がルアーを流していく。また岩にルアーが引っかかるのを恐れて、僕はすぐにリールを巻いた。
2000円の竿と1500円のリールじゃどうせ何も釣れない。
そして何より、びびっていた。僕が立っている岩場はさっきからずっと水面の下にあるし、どこまで岩が続いているかも見えない。大きな波が岩に当たり砕けるたびに、ちびりそうだった。
実際に僕は海パンを下ろし、放尿した。あたり一面が海で僕を隠すものは何もなかったが、僕を見るものは岸壁に張り付いているカニと遠くの空を飛び回っているアホウドリくらいのものだ。
少し黄色く濁った水は波となって僕の足元に再び打ち寄せる。それを汚いと感じる心は、このキャンプ生活で失われていた。
僕は釣竿を担ぐと、かろうじて見える足場を頼りに陸の方へと戻ることにした。一昨日食べたあの魚ぐらいの大物を釣りたかった…
僕は皿いっぱいの刺身の前で小躍りした。オナガダイだ。
チャーターした漁船の船長が差し入れでもってきてくれたものだ。
東京では高級魚として知られ、島民でも滅多に食べれることはないらしい。しかも1メートル以上、特大サイズだ。
なにしろ今日は祝福の席なのだ。リーダーは朝のモニタリングから帰ってくると、おもむろにビールのプルトップを開いていた。
ヒナ孵る
この日(2016年1月15日)の朝、この島で育ったアホウドリ個体(Y01:イチロー君)のお腹の下から、黒いヒナがその頭を覗かせているのが観察されました。
2008年にプロジェクトが開始されて以来、9年目にして念願の快挙です。
(おめでとう!ユキ、イチロー!小笠原群島聟島のアホウドリのつがいにヒナが誕生しました (山階鳥類研究所HP))
「人工飼育個体の繁殖の成功」
これは、絶滅の恐れのあるアホウドリの繁殖地を新たに人間の手によって作り出すという世界でも例のない試みの第一歩となる成功なのです。
「人工繁殖地って何?」 「何してるの?」 「そんなに重要なの?」
といくつも疑問があるかもしれませんが、その経緯を紹介していきます。
アホウドリと火山?
アホウドリは一度人間の手によって絶滅しかかっており(アホウドリの住む島で(前編))、戦後、その個体数は比べ大幅に減少していました。かつてアホウドリの繁殖地は太平洋のいくつかの島にあることが知られていましたが、プロジェクトが始まった当時までにはその繁殖地は尖閣諸島と伊豆諸島の鳥島の2ヶ所しか残されていなかったのです。
尖閣諸島では、保全活動を行おうにもご存知のとおり調査そのものが難しい状態にあります。
しかし残された伊豆諸島鳥島も、実は保全活動を行うのに適切な場所とは言えないのです。
なぜでしょうか?
「鳥」島なんていう名前を持っておきながら、何が問題なのでしょうか。
それは「火山」です。鳥島は火山島であり、もし火山が噴火したら、そしてもし噴火のタイミングが繁殖期と重なったら(多くのアホウドリ個体が島に戻ってくる)、繁殖集団の半数以上が失われる危険があるのです。
どれだけ頑張って、お金と人手をかけてアホウドリの数を増やしたところで、一回の噴火でそれが失われてしまっては意味がありません。
そうして、火山もなく継続的な調査も行える小笠原諸島聟島に第三の繁殖地をつくるプロジェクトが始まったのです。
デコイ(ヒナそっくりに作られた模型)を背負い紐で土台にくくりつける。ビニール袋に入れられ紐でぐるぐる巻きにされたアホウドリのヒナのデコイを運んでいると、かつての密猟者になった気分になる。彼らは何千何万というアホウドリをこうして運んでいったのだろうか。
ヒナのデコイを背負ったまま、モニタリングサイトから一度岩場を下って繁殖サイトへ向かう。その道は今までのように踏み固められてはおらず、やぶをかき分け、岩の間に足場を探しながら進む。
自分の幅よりも大きな荷物を背負っているため、思いもよらないタイミングでつっかえる。その度に背負っているヒナのデコイに「ごめんよ…」と声をかけながらペースを落とした。
プロジェクトの初期のメンバーは、これと同じ道を(あるいはこれよりも厳しい道を)本物のヒナを背負って進んだのだ。生まれたてのヒナはちょっとした衝撃で大きなダメージを受けてしまうだろう。
僕はこのプロジェクトの無謀さをちょっと感じた。
ヒナの移送とその成長
このプロジェクトの一番のキモは、鳥島から連れてきたヒナを聟島で育てることです。
アホウドリは自分の生まれた島を覚えていて、大きくなると基本的にはその島に帰ってきて繁殖を行います。
つまり、鳥島で生まれたてのヒナを聟島まで連れてきて、育てることでこの島が自分の生まれ故郷だと勘違いさせるのです。
そのためには、ヒナの移送、人工飼育(アホウドリのヒナは親が一度消化したものを口移しでもらう!!)など、非常に多くの課題・困難があったと思います。
プロジェクトメンバーの方の一人が、そういった背景をとても詳しく書かれています。ぜひ読んでみてください。(ぼくはアホウドリの親になる 南俊夫)
こうしてアホウドリの移送が行われたのが2008年。
しかし、アホウドリを聟島に移送しヒナを育てて巣立たせても、彼らが帰ってきて、さらに子供を作らないと繁殖地とは呼べません。聟島で育てたヒナが巣立ったあとも、毎年繁殖期に島にやってくるアホウドリの観察を続けて、その定着の経過をずっと追ってきました。
そうして9年目にしてようやく「聟島出身のアホウドリ」が「聟島」でヒナを孵したというのが今回のニュースになるのです。
来年には別のカップルもヒナを孵すことになるかもしれません。これからのこのプロジェクトの発展が楽しみです!!
野生生物の再導入
ある地域で一度絶滅した野生生物を再び生息・生育させようという取り組みのことを「再導入」といいます。
多くの生物種が姿を消している現在において、「再導入」は絶滅の恐れのある生物を復活させる重要な手段の一つです。
しかし野生生物の再導入には多くの困難があります。
一度絶滅した種を定着可能な数まで増やすこと、地域をその種が定着できるような環境に戻すこと、他にもコストや労力、その活動の維持などがありますが、一番大きな問題は
「絶滅してしまったその原因を排除すること」
です。
せっかくアホウドリが個体数を回復しても、また人間が狩猟してしまっては全っっっく意味がありません。
そもそもの根源を解決すること、それが何よりも大事なのです…
結局僕は手ぶらで陸に戻った。
しばらくするとリーダーも海の方から戻ってくる。別のスポットで釣っていたようだ。
「今日は全然だったなあ」
「そうですよねー」
「しょうがないからこれ取ってきたよ」
リーダーはビニール袋を僕によこした。
開けてみると、タコが二匹もつれている。
タコ…
ビニールはところどころ血で赤くなっている。タコが潜む岩の隙間に手を突っ込んで、引っ張り出す時に岩の縁で擦ったらしい。
僕はタコを受け取って海へ戻り、その内臓を洗い出し表面のぬめりを落とした。タコを洗い終わると、その足の一本をはさみで切り取り、まだ動いているそれを口の中で噛み潰しながらこう思った。
たくましい大人になろう、と。
ばんぶー
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