はじめまして、をさむです。
僕が学んでいるのは、「固体地球科学」という科学。その名の通り、「地球そのもので起こることのすべての現象を対象に、その真理を解明してやろう」という、特大スケールの学問です。そんな固体地球科学のなかでも、僕が興味を持っているのは、地震、津波、火山。こういったものもどれも地球科学の対象です。
地球科学は、科学と社会との交点にある学問といえます。未知にあふれた地球の真理を追究するというサイエンスとしての一面を持つ一方で、僕たちの生活と密接に関わっており、時に地球は僕たちの生活、社会を一気に混乱に落とし込む脅威にもなります。
そもそも、僕がこの学問を志すようになったのは、ちょうど5年前の今日起こった、ある出来事がきっかけでした。
2011年3月11日、14時46分、東北地方太平洋沖地震。
東北地方太平洋沖で巨大地震が発生。大きな揺れが日本列島を襲いました。そして、その約30分後、巨大な津波が沿岸部に押し寄せ、黒い濁流が町を飲み込み、コントロールを失った福島第一原子力発電所はメルトダウンを起こしました。
一連の巨大災害は「東日本大震災」と名付けられ、亡くなった人、未だ行方が分からない人を合わせると18,455人に及びます(2016年3月10日時点)。この地震に伴う大災害は、強烈な記憶とともに、大きな傷跡を残しました。
東日本大震災から5年経った今日、考えたいのは津波による被害の大きさです。内閣府の報告によると、人的な被害の90%以上が津波によるものでした。また、浸水面積 は561km²以上に及び、これは山手線の内側の面積 の約 9 倍に匹敵します。
科学をもちいて自然を理解し、より誠実に自然と向き合っていくために、これから3回連載で巨大津波について考えていきたいと思います。
第一回:津波ってそもそもなんだ?
第一回は、「津波」とはなんなのか?ということです。
僕が初めて津波のことを知ったのは、2004年スマトラ島沖地震による大津波。テレビで流れた、インドネシアの街を大量の瓦礫とともに押し寄せる濁流の映像に大きな衝撃を受けました。それまでの僕が持っていた津波のイメージは、高い波。それだけでした。
しかし、ニュースに出てくる津波の映像は、僕が持っていたイメージとは相容れない、恐ろしいものでした。街に押し寄せる津波は高いだけではなく、大量の水がものすごい勢いで絶え間なく押し寄せ、車や家、すべてのものを洗い流していきました。その姿は、波ではなく水の塊のようでした。
そして2011年、東日本大震災でも、同じことが起こったことは皆さんもご存知の通りです。
なぜ、こんなにも大量の水が陸地に押し寄せたのでしょうか?
皆さんがよく知っている海の波とどう違うのか、という観点から津波の正体に迫っていきましょう。
普通の波、「波浪」
突然ですが、美しい海にいる自分をイメージしてください。どんな音が聞こえますか?
ザザァ………
ザザァ………
寄せては返す、波の音が聞こえますね?(聞こえなかった人は箱に砂を入れて、傾けてみてください、海の音がしますから。)
海では常に波が起こっています。同じように海で発生し、海岸に寄せては返すこの波、陸上に押し寄せてくる津波とどう違うのでしょうか?
このような海で寄せては返す水の波は「波浪(はろう)」と呼ばれ、二つの種類に分類されます。
一つ目が、その海の直上で吹いている風によって発生する「風波」です。海水面の上空で風によって運動している空気との摩擦で波が起こります。
もう一つが、遠くの海上の台風や低気圧による海水の吸い上げや、強風によって発生し、風のない沿岸部などにも高い波が押し寄せます。これを「うねり」と言います。
私たちが普段から見ることができる波というのは、このように気象現象によって生まれているのです。これらの波も、波の高さが10mを超えることは珍しくありません。台風が日本の南方からやって来た時、波浪警報が出たりしますね。
しかしこの波浪、津波とは別物なんです。
「津波」
巨大津波が押し寄せたというのは知っている、けど津波って何者なのでしょうか。
津波という言葉は、『津(港)で大きくなる波=津波』という意味で、日本で生まれました。そしてこの言葉、現在では、英語でも”Tsunami“と呼ばれ、世界中で使われています。
坂本九の”SUKIYAKI”みたいなものです(ちょっと古いか)。
先ほど、普通の波は気象現象によって発生するとお話ししましたが、東日本大震災の巨大津波は、巨大地震によって起こりました。
「うん、地震で起こるのが津波だ」
と言いたくなります。
しかし、実はそうではないのです。地震が起こらなくても、津波は起こります。津波発生のメカニズムについては次回考えていきますので、今回は「波の性質として何が違うのか」に注目してみましょう。
津波と波浪の違い
さて、今日の最大のポイントです。津波と波浪の違い、それは波長、つまり波の長さの違いによるのです。この違いが大きく波の性質を分け、津波の破壊力をもたらすのです。
まずは、波浪の波長について考えていきましょう。風や台風などで起こる波浪は、強い風が吹いてもある程度大きくなると、波が崩れてしまいます。そのため波浪の波長は、せいぜい数m〜数十m。
このような波が海岸に押し寄せるとどうなるでしょうか?
波浪が海岸に押し寄せる時には、押し波(波の山)がやってきても、すぐに低い部分(谷)が来ます。
だから波浪は、
寄せては返す。
そのため、高い波浪が来ても、陸上に大量の水が浸水してくることは珍しいです。
それでは、津波の波長はどれくらいでしょう?
短い波長を持つ波浪に対して、津波の波長はなんと、数km〜数十kmもあります。波浪よりも100〜1000倍長いのです。この大きな波長は、津波の発生原因のスケールの大きさによるものですが、これが津波の威力を格段に大きくします。
これほど長い波が海岸に押し寄せるとどうなるか。
波の盛り上がった山の部分がやってくると、大量の水が陸上に押し寄せてきます。さらに波長がとても長いために、一度陸地に上がった水は海に返すことなく、続けて押し寄せてくる大量の水によって、防波堤を越えてゆき、陸上へと駆け上っていくのです。
だから津波は、
寄せて、(返さず)、寄せて、寄せて、寄せて、、、、
こうして、どんどんと大量の水が陸上に押し寄せてくるのです。津波が陸上に押し寄せてくる時間は長いもので数十分にも及びます。2011年の巨大津波による津波が到達した高さは、海水面から最大40mにも及びました。
さらに、津波の山の部分が到達した後には、谷の部分が到達し、海の水位が急激に下がります。すると、陸上に押し寄せた大量の水は、一気に海に戻っていき、あらゆるものを海へと引きずり込んでいくのです。
つまり大量の水が、大きなエネルギーを持って陸上に押し寄せ続けること。それが、津波の威力の所以なのです。
以下の動画は、海上保安庁が撮影した東北沖地震による津波の動画です。
動画の始めから、津波の押し波の部分が到達し、防波堤を越え、陸上へと水が浸水していきます。(この津波では、初めにその前に引き波が存在しましたが動画には映っていません。)
その後、再び引き波が到達し、波が一気に引いていく様子です。押し波が一気に街を破壊し、そして引き波が海へと引きずり込んでいきます。
その威力には、ただただ目を見張るばかりです。
まとめ
さて、第一回では、津波と普通の波=波浪の違いについて考えてきました。
まとめると、
ということになります。
このように、津波の恐ろしさはその高さだけではなく、どんどん押し寄せてくる水の量がその威力を支えていると言えます。
ですから、50cmであれ1mであれ、津波には十分な注意が必要なんです。それは、自分の半分の背丈ほどの水の塊が絶えず押し寄せてくるということなのですから。
では、このような長い波、津波はどのように発生するのでしょうか?
それはまた次回のおはなしです。
ではでは!
をさむ
おまけ
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※参考文献
- 気象庁「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の被害状況と警察措置」
- 内閣府 防災情報ページ
- 国土地理院「津波による浸水範囲の面積(概略値)について(第5報)」
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潮汐は波長・周期ともに津波より大きいですが、被害を出さないのはなぜですか?
コメントありがとうございます!
今回は、馴染み深い波浪との違いという観点から見ていきましたが、確かに潮汐の方が波長は長く、1000kmを超えることもあります。
そこで、潮汐と津波の被害という観点から述べますと、潮汐の被害が小さいのは、「潮汐の最大の高さを予想することができ、安全な場所に住んでいるから」であると言えます。
潮汐は天体の位置関係で海水面が上昇・下降する現象ですが、天体の運動(おもに月・太陽)は予測可能であるため、潮汐による海水面の変動を予測できます。
そのため僕たち人間は、満潮のときに海水が流れ込まない高さに、家を建て、防潮堤を作り、安心して生活を営んでいるのです。
ですから、潮汐による被害は多くはありません。こうした生活の一部にも「科学」の一端が垣間見えますね。
一方で、今回の津波は予測が難しい。過去の津波被害から、巨大防潮堤を建設した地区もありました。
しかし、対策を取っていた高さを超えるほど高さ、そして防波堤を壊すほどの大量の水が押し寄せたことが、あの被害につながりました。
ですから、科学を発展していき、対策へとつなげていくこと。これが「科学と社会の交点」である地球科学の一つの役割でもあると考えています。
シミュレーションで起こりうる津波の高さを計算することで、予測の精度を上げようと試みる研究があります。
また、地層や古文書、さらにはサンゴを使った過去の巨大地震、巨大津波の痕跡を探す「古地震学」が発展してきています。
地球科学とは、こうした様々な手法を駆使し、地球をより深く理解しようという学問なのです。
今後もどうぞご愛読ください!
ご回答ありがとうございます。
潮汐が予測でき、それを避けているため被害が出ないということ納得しました。
しかし納得できないことがまだあります。
かつての津波では30mにもなるものがあったと聞きます。しかし、潮汐による潮位差は、有名なランスでも9mです。
また、水の勢いも、津波が激流なのに対して潮汐はとてもゆっくりです。
もし潮の満ち引きが「予測可能な津波」であったら、海水浴なんて自殺行為だと思うのです。
広島の厳島神社も木っ端微塵でしょう。
このように考えると、潮汐と津波の違いは単に「予測できる/できない」だけではないのではないでしょうか。
コメントいただき、ありがとうございます。
もう一点、「海水の流れの速さ」という視点が欠けていました。
そもそも津波と天体潮汐は、伝播するメカニズムが異なります。
津波は重力波と呼ばれるます。
普段水面は静かですよね、これは重力的に安定しているためです。
しかし何らかの原因で盛り上がった水は、安定した海水面に戻ろうとします。(これはジャンプすると地上に降りることと同じです)
盛り上がった水が元の高さに戻ろうとすると、海中の水が水平方向に押し出され、表面盛り上がりが伝わっていきます。
この時の波の伝播速度は√gh (gは重力加速度、hは水深)で求まり、水深が深いところではジェット機なみの速さを持ちます。
このような、津波の海水がもつ水平方向の運動エネルギーも、津波の破壊力の一因となります。
この点は、第三回でお話ししようと思っています。
一方で、天体潮汐による海面変動はメカニズムが異なります。
月の引力(あるいは月と地球が相対的に回転していること)により、海面に盛り上がりができます。
この潮汐による盛り上がりは、重力的に安定しています。月に引っ張られているため、海水面が盛り上がって安定しているわけです。
ここが津波とは大きく異なります。
そのため、潮汐による盛り上がりは、月に引っ張られるようにしてゆっくりと移動するので、海水もゆっくり動いているのです。
このような原理で変動する潮汐は、海水の運動エネルギーが小さいため、海水浴も厳島神社も大丈夫なんですね。
非常に有意義なご質問をありがとうございます。
今後の記事にも活かしたいと思います。
つまり、
・津波の伝播速度=√gh
・潮汐の伝播速度=月の公転速度
ということですね。
ここでさらに疑問なのは(楽しいですね!)、海岸(水深h=0)で津波の速度が0になり、津波は岸に上がれないのでは…というところです。
とても奥深そうなので、第3回を楽しみにしていますね。
丁寧なご回答ありがとうございました。